体制整備から実効性向上へ、PHCグループのガバナンスの現在地
- 吉光 透
- 監査役
2025年6月、社外のバックグラウンドを持つ吉光氏が当社の常勤監査役に就任しました。それまで当社と直接の接点がなかった同氏の目に、現在のガバナンス体制はどのように映っているのか。就任から1年を経て組織への理解が深まった今、外部視点から見た当社の現状と、さらなるガバナンス向上に向けた課題について話を聞きました。
就任前に抱いていた期待と確認視点
2025年にPHCホールディングスの監査役に就任する前、私は統合報告書や有価証券報告書などを通じて、当社のガバナンス体制を確認していました。取締役会や監査役会の構成、独立性、スキル・マトリクス、任意の指名・報酬委員会などは適切に設計されており、2021年の上場※から比較的短い期間の中で、きちんとした体制を構築している会社だという印象を持っていました。
もっとも、監査役として実効性のある監査を行うためには、制度や体制が整っているだけでは十分ではありません。あらゆる情報にアクセスして、リスクや機会を的確に判断することが必要となります。社外からの就任という立場で、必要な情報にどこまでアクセスできるのか、短期間で当社グループのリスクや機会を的確に判断できるレベルに到達できるのかという点は、やはり気になっていました。
また、借入金の水準や返済計画、今後の事業成長との関係、さらにM&Aを通じて形成されてきた複数の事業が、実態としてどのようにシナジーを生み出していくのかについても、就任後に確認していきたい重要な観点だと考えていました。
※2021年10月14日に東京証券取引所市場第一部(現 東証プライム)へ新規上場(証券コード 6523)
オープンな情報共有と、経営管理の実効性
就任後、良い意味で印象が変わった点があります。その一つが、CxOをはじめとする経営層、そして従業員の皆さんが非常にオープンであることです。監査役として往査や面談を行うことは当然ですが、それに加え、執行側から「こういった会議もあるので、よかったら参加しませんか」と声を掛けていただくこともあります。また、執行側が設定するラウンドテーブルにも参加し、マネジメント層だけでなく、若手・中堅・ベテランの各層の声を直接うかがう機会にも恵まれています。
現場からは、不安や不満を含めて率直な声を聞くこともあります。ただ、それ以上に印象的なのは、小さくても成功体験を積んだ若手の従業員が、その経験を他の人にも伝えていきたいと、前向きに、生き生きと語る姿です。そうした声を間近で聞くと、当社グループには、変化に向き合い、自ら行動しようとする人財がいることを実感します。
就任前に抱いていた情報へのアクセスの不安については、実際に就任してみると、必要な情報に向き合える環境があると感じています。もちろん、制度やシステムがまだ十分に統一されていないこともあり、取得したくてもすぐに取得できない情報があることも事実です。ただ、ほしい情報を伝えると皆さん「これです」とオープンに示してくださる。その姿勢があることは、監査役として非常に大きな支えになっています。
経営管理の面でも、就任後に驚いたことがありました。当社では業績検討会議という会議体を通じて、月次で各事業部の実績や今後の見通し、リスクと機会を確認しています。さらに、運転資本にも目標値を設定し、キャッシュが適切に循環するよう管理しています。ここまで細かく見ていること自体、経営層が方針を言葉だけで終わらせず、実行に移そうと真摯に突き詰めている表れだと感じています。
就任前に気になっていた借入金の水準や返済計画についても、返済計画そのものを単独で見るのではなく、営業活動から生み出されるキャッシュ、投資に振り向けられる余力、今後の事業成長の見通しと併せて確認していく必要があると考えていました。その意味で、業績検討会議を通じて各事業の状況や見通し、リスクと機会を月次で確認し、キャッシュを重点的に管理していることは、財務面を継続的に見ていくうえで重要な経営管理の仕組みだと受け止めています。
一方で、M&Aや事業統合を通じて形成されてきた複数事業のシナジーについては、今後さらに深めていくべき課題も見えてきました。事業や地域をまたぐ人事制度・職位の考え方、投資案件における経済性評価のルールなどは、想定以上に統一されていない部分がありました。出向や転籍を含む人財交流のルールが会社ごとに異なると、グループ全体で人的資本を最適に活用しにくくなります。また、投資評価の基準がそろっていなければ、事業間・案件間の優先順位を同じ土俵で議論することも難しくなります。シナジーを実効性のあるものにしていくためには、各事業を個別に見るだけでなく、グループ全体としてどの事業、どの案件に経営資源を配分していくのかを比較・判断できる共通の土台が必要です。この点は、今後のポートフォリオマネジメントにも直結する重要なテーマだと考えています。
取締役会・監査役会・内部監査部門との連携
取締役会については、当社が監査役会設置会社であることを踏まえ、マネジメントボードとして重要案件も含めて審議・決議する運営がなされています。議題選定についても、違和感はありません。特に重要性の高い案件については、いきなり決議に進むのではなく、早い段階から報告案件として共有され、段階的に議論を深めたうえで最終的な決議に繋げる運営がなされています。
また、取締役会には、国籍や事業経験、法律、財務・会計などの面で多様な知見を持つメンバーが参画しており、幅広い視点から議論が行われています。議論においては、その案件を決議するうえで本質的に確認すべき点について質疑が行われていると感じています。リスクの把握についても、法務部門が取締役会事務局を担い、議案の上程前に潜在リスクを確認し、必要に応じて外部専門家にも確認したうえで取締役会メンバーに共有する体制があります。
監査役は取締役会において議決権を持たないため、どこまで意見を述べるべきかという点には、私は常に難しさを感じています。ですが、当社には監査役が遠慮なく意見を述べられる環境と空気があります。社外監査役は、それぞれ会計士、弁護士としての専門性に基づき意見を述べています。常勤監査役である私は、社内で得た情報を踏まえ、それを社外監査役にも共有しながら議論に臨んでいます。この1年間でも、監査役の指摘を契機として、追加審議や再審議に繋がった案件がありました。
詳細はご容赦いただきたいですが、追加審議については、過去の審議を見ていると、個別にその都度で正しい意思決定がなされているものの、会社法を踏まえると、包括的な方針とプロセス構築が求められていると考えられ、それを執行側に指摘したところ、新たな議案として追加された、というものです。もう一つの再審議については、コストとリスク・メリットのバランスに関するものでした。前年度よりコストを下げるという提案が上がってきたのですが、その見直しに伴い対応の範囲から外れる項目に起因するリスクが最近高まっていることに気づき、執行側とも意見交換をしながら、取締役会で意見表明を行いました。結果、再審議となった、というものです。監査役の意見が取締役会の議論を深める一助になったのではないかと受け止めています。
監査役会の運営においては、常勤監査役が情報のハブになることが重要です。私はCxOの方々との1on1を毎月実施し、そこで得た情報や認識を調書のような形で残し、社外監査役に共有しています。また、グループ経営会議でどのような議題が扱われ、どのような議論がなされたのかについても、監査役会の場で共有しています。取締役会の議題は基本的にグループ経営会議を経て上がるため、この共有は取締役会の議題に対する事前ブリーフィングとしての意味も持っています。
こうした情報共有は、監査役会としての議論の質を高めるうえでも重要です。監査役は独任制ではありますが、監査役会としてどのリスクをどう捉えるのか、リスクのレベル感や項目を共有することで、より実効性のある監査に繋げることができます。
内部監査部門との関係においても、指揮命令権や人事評価権はありませんが、実務上は密に連携しています。監査計画の策定段階では双方の知見を共有し、期中も内部監査報告書が発出される都度、発見事項や対策の実効性について認識をすり合わせています。監査項目が重なることもありますが、重要なのは重複を機械的に排除することではないと考えています。監査役と内部監査部門では、それぞれの役割が異なります。だからこそ、どの角度から監査するのかを調整し、全体として効果的・効率的な監査に繋げることが大切です。
成長投資とグローバル展開を支える基盤づくり
今後に目を向けると、解決すべき課題として特に重要だと考えているのが、次の成長ステージに向けた事業ポートフォリオの管理強化です。当社は今、構造改革も含めて、次の成長に向けた足場固めの段階にあります。事業成長が企業価値の向上に繋がると考えると、限られた経営資源をどの事業、どの案件に配分するのかを適切に判断するためのルールや評価軸の整備が重要になります。
例えば、短期的に収益改善が見込める効率化投資と、3年から5年の開発コストを伴う中長期の成長投資を同じ土俵で比較するには、一定の評価ルールが必要です。また、人財アセットをグループ全体で最大限に生かすためには、会社ごとに異なる人事制度や職位の考え方についても、どこまで共通化すべきかを検討していく必要があります。グループとして一つの方向性に向かって、事業成長を支えるための実効性の高いルールの統一や体制整備ができていることが重要です。これは、M&Aを通じて形成されてきた複数の事業をグループとしてより一体的に機能させ、シナジーを生み出していくうえでの基盤になります。ただ、監査役は自分ではルールを作れません。ルールがしっかりと構築・運用されているかを横で見守り、おかしいと思ったときにはしっかりと口をはさむ。それにより、全体として良い方向に進んでいければと考えています。
グローバルガバナンスも、今後の重点領域です。これまでも海外子会社を含めた往査を行い、各拠点のガバナンス、コンプライアンス、法令遵守体制を確認してきました。今後はそれに加えて、グローバルヘッドクォーターの側から、ファンクション軸でグローバル全体の内部統制システムが適切に整備・運用されているかを確認することが重要だと考えています。個別拠点を見るだけではなく、グループ全体として統制が実効的に機能しているかを見ていく必要があります。
変化に応じて動けるガバナンスへ
就任前に抱いていた不安や確認視点は、この1年の中で一つずつ見え方が変わってきました。情報へのアクセスについては、オープンな情報共有の文化が監査の基盤になっていることを実感しています。キャッシュを重点的に管理し、各事業の状況を月次で確認する仕組みについても、実効性を持って運用されていると感じています。一方で、複数事業のシナジー創出やグローバル全体でのガバナンスについては、まさにこれから実効性をさらに高めていくべきテーマだと捉えています。
ガバナンスには、固定的な完成形があるわけではありません。時と共にガバナンスの在り方は変化していくものだと思います。直近はここまでやっておくべきだとか、さらにその先を見据えると、優先的には何を考えたらよいのだろうか等、必要なときに必要な方向に舵を切れる、動ける文化や土壌ができていることが理想の姿なのかなと思います。そのために、従業員がオープンなマインドセットを持ち、自由で活発な議論が行える文化が醸成されていること、経営陣がそういった文化を作り、フレキシブルなガバナンス体制を築いていること。それが目指すべき姿だと考えています。監査役会としても、事業環境や経営課題の変化に応じて優先すべきテーマを見極めつつ、そのような文化や土壌づくりを支え、PHCグループの企業価値向上を支えるガバナンスの強化や実効性の担保に貢献していきたいと思います。