統合報告書 2025

Executive SummaryCEO’s letter

One PHCでシナジーを創出し、
ヘルスケアの未来に、光る企業を目指します

出口 恭子
PHCホールディングス株式会社
代表取締役社長
最高経営責任者(CEO)

1. 変革元年 成長と革新を遂げた2024年度

2024年度の躍進:新経営体制が牽引する成長とイノベーション

2024年4月に新しい経営体制が発足して以来、PHCグループは3期連続赤字からの脱却を目指し、四半期ごとの計画達成に注力してまいりました。期初からコスト削減を徹底するなど、地道な取り組みを積み重ねた結果、2024年度の売上収益は前年比2.2%増加の3,616億円、営業利益は大幅増の226億円となり、上場来最高の売上・利益と初の最終利益の黒字化を達成いたしました。同時に、期中に上方修正した業績予想をも上回りました。

市場環境の変化など厳しい局面にも直面しましたが、2024年度の業績は全世界の従業員が一丸となって取り組んだ成果であり、当社にとって重要な転換点となりました。

また、市場にも革新的な新製品を投入しました。培地中の細胞の代謝変化をリアルタイムに可視化するライブセル代謝分析装置「LiCellMo™」は、当社が細胞・遺伝子治療領域に展開した初の製品です。診断薬事業とバイオメディカ事業の両開発部署の共同研究による、部門横断の技術シナジーを象徴する製品です。

また、パートナー企業であるSenseonics社が開発し、アセンシアが販売するEversense®365持続血糖測定(CGM)システムは、世界で初めて最長1年間の継続使用が可能な製品です。FDA※1認可も取得いたしました。

  • ※1「アメリカ食品医薬品局(U.S. Food and Drug Administration)」の頭文字を取った略称

高まる社外評価と未来への弾み

PHCグループが展開する先進的な製品群は、第三者機関から毎年高く評価されています。2024年度は、試料のトレーサビリティに貢献するレーザープリンター「SlideMate」等、複数の製品が業界賞を受賞。また、アセンシアが販売するEversense®365持続血糖測定(CGM)システムは、「2025年メドテック・ブレークスルー賞」の糖尿病マネジメント分野における「最優秀新技術ソリューション」に選出されました。さらに、ウィーメックスのコールセンターが、HDIサポートセンター国際認定プログラム※2の最高位「HDI七つ星認定センター」の認定を取得。これは日本のヘルスケア業界初の取得実績です。当社グループ自体も医療業界の企業評価で定評のあるThe Healthcare Technology Report社※3の「2024年ヘルスケアテクノロジー企業トップ100」※4に選出されるなど、社外からの評価が高まり、将来に向けて弾みがつく一年となりました。

ESGへの注力と全社的な変革

2024年度、ESGへの取り組みにも注力し、サステナビリティ経営の推進において大きな前進をいたしました。2023年に策定したマテリアリティを基盤とし、グループ全体でScope 1、2、3の温室効果ガス(GHG)排出量を網羅的に算出する新システムを導入。これにより、サプライチェーン全体の排出量を可視化するためのグローバルなデータ収集基盤の整備を進めました。これらの取り組みの成果として、EcoVadisのコミットメント・バッジを申請初年度で取得。また、ESG投資の代表的な指標の一つである「MSCI日本株ESGセレクト・リーダーズ指数」の構成銘柄にも選定され、当社グループのESGに対する積極的な姿勢が高く評価されました。さらに、科学的根拠に基づく温室効果ガス(GHG)排出量削減目標を策定し、2025年 6月16日付でScience Based Targets initiative(SBTi)より「Near-Term Science-Based Targets」の認定を取得しました。

2024年度からの新体制のもと、グループ全体でサステナブル経営の重要性を明確にし、ESGへの取り組みを全社の最優先事項の一つとして位置付けています。本社による積極的かつ継続的な情報発信を通じて、全事業部がESG活動を自らの事業に組み込む姿勢になった点は、当年度における重要な転換点の一つと考えています。

「精緻な技術」を強みに、将来を見据えた中期経営計画を策定

2024年はPHCグループにとって、企業としての方向性を明確にする重要な節目となる一年でした。従業員の行動指針となるビジョンと価値観の策定、そして「中期経営計画2027」の立案という、将来に向けた大きな取り組みを推進しました。

出口 恭子

新ビジョンの策定にあたり、当社の根幹にある強みを改めて見つめ直した結果、長年にわたり培ってきた「精緻な技術」が浮かび上がりました。当社の源流である松下寿電子工業時代から受け継がれてきた技術力であり、今後のヘルスケア分野における価値創造の源泉でもあります。本社及び各事業部との議論を重ね、「精緻な技術でヘルスケアの未来を切り拓くリーダーとなる」という新たなビジョンを掲げるに至りました。このビジョンを支える価値観(バリュー)として、「好奇心」「実行する勇気」「個の尊重と共創」「高い倫理観」の4つを策定しました。これらは、グループ全従業員が日々の業務において共有すべき基本姿勢であり、企業文化の核となるものです。 2024年度は、新たなビジョンと価値観を礎に、「中期経営計画2027」の達成に向けて力強く歩み始めた1年でした。

新たなビジョンの実現に向けた「共創」の推進

新たなビジョンの実現に向け、「中期経営計画2027」を着実に遂行するためには、グループ全体が一体となり、同じ方向を目指すことが不可欠です。当社グループは、異なる歴史や文化を持つ複数の事業体で構成されており、それぞれの強みを活かしつつ、事業間のシナジーを最大化することが重要です。この多様性を尊重しながら、グループ全体の競争力と認知度を高めるための鍵となるのが、「One PHC」のスローガンで示す「共創」の精神です。

「市場に対し、今後の当社グル―プが成長する姿をどのように示すべきか」―この問いを起点に、2024年度は複数の施策を立ち上げました。まず、業績回復と持続的成長を目指し、わかりやすく共感を得られるビジョンを策定。そのビジョンを支える価値観と、それを具体化する「中期経営計画2027」を構築しました。毎月開催しているPHCグループのタウンホール・ミーティングでは、各事業部が当社グル―プの価値観(バリュー)に基づく現場での実践事例を共有し、相互理解を深めています。また、私自身が各国の拠点を訪問し、従業員と直接対話するラウンドテーブルを実施。こうした取り組みを通じて、従業員一人ひとりが現状を「自分ごと」として捉え、主体的に価値創造に貢献できる組織づくりを進めています。

また、従来は事業ドメイン内にとどまっていた業務や技術が、他事業への展開を意識した行動へと変化しつつあります。例えば、営業所の統合による事業部間の連携強化や、サービス部門の共有化による保守サービスのクロスセル、さらには各事業から改善プロジェクトを集める「モノづくり強化大会」など、事業間で学びや強みを共有する文化が芽生えています。こうした企業文化の変革に向け、私自身も強い情熱を持って取り組んでいます。従業員一人ひとりの意識の変化が、当社グループ全体の進化につながる―その革新のもと、未来への一歩をともに踏み出しています。

2. 医療課題への挑戦・PHCグループの戦略

超高齢社会がもたらす医療の課題

現代社会において、特に日本では高齢化が急速に進み、それに伴い、糖尿病、循環器系の疾患、認知症やアルツハイマー病など、さまざまな慢性疾患が増加しています。加えて、食生活の変化により、生活習慣病は世界的な広がりを見せています。

こうした状況下で、治療の高度化や個別化のニーズは高まりつつある一方、医療自体や医療インフラにおける地域格差は拡大しています。特に過疎地域では医療へのアクセスや質が低下し、都市部への医療集中が進んでいる現実があります。PHCグループは、こうした多岐にわたる課題に対し、企業としての責務と使命を果たす努力を続けています。質の高い医療をより多くの人々に、より負担の少ない価格で提供できる社会の実現に向け、バリューベース・ヘルスケア(VBH)の考え方に基づいたアプローチを推進しています。この考え方は、当社グループが提供する製品やサービスの価値を最大化し、患者さんを中心とした医療への貢献を通じて、グローバルヘルスケア市場における持続的な成長を実現する重要な礎となります。

PHCグループのソリューションと戦略

私たちは、医療が抱える「質」、「アクセス」、「コスト」という3つの本質的な課題に対し、現場のニーズに即したソリューションを提供することで、バリューベース・ヘルスケア(VBH)の実現を目指しています。医療の高度化が進む中、当社グループは「モニタリング(予防・予後・管理)」「検査/診断/治療」「研究開発」の各フェーズにおいて、精緻な技術力を活かした製品・サービスを展開し、医療の質の向上と持続可能な社会の構築に貢献しています。

加えて、従来の「発病後の治療」中心の医療から、「疾病予防」や治療後の「予後管理」といった上流工程への展開を進め、人々の健康維持や再発防止につながる製品・サービス開発にも注力していきます。健康維持から病気の早期発見、治療の最適化、そして新たな医療技術の創出に至るまで、未来の医療を支える挑戦を続けてまいります。当社は複数領域にわたる事業展開を通じて、グローバル規模での社会貢献を可能にする企業としての価値を高めてまいります。

競争激化する市場でのグループの立ち位置

平均寿命の延伸により医療市場の規模は拡大していますが、同時に競争も一層厳しさを増しています。このような状況に対し、当社グループは全方位的に動くのではなく、我々が強みを発揮できる領域を選定し、重点分野における高シェアの獲得を戦略としています。

実際に、国内クリニック向けの電子カルテ製品で第1位、超低温フリーザーでは世界第2位という高い市場ポジションを確保しています。今後も競争環境を的確に分析し、戦うべき市場を見極めた上で、選択した領域において高シェアを獲得し持続的な企業価値の創出を目指してまいります。

3. 信頼と歴史が培う、PHCグループの優位性

当社グループは、長年にわたり培ってきた高度なモノづくり力と徹底した品質へのこだわりを礎に、医療現場への貢献を続けています。グローバルな供給力と、きめ細やかなサポート体制を通じて、世界に高品質な製品とサービスを提供しています。これらの強みは、当社グループの持続的な成長を支えると同時に、医療の発展を牽引する原動力となっています。

確かな技術と信頼に裏打ちされた強み

我々の最大の強みは、松下寿電子工業時代から受け継がれてきた精緻な技術力と、徹底した品質へのこだわりに根差したモノづくり力です。社内で「職人技」と称される熟練の技術は今もなお脈々と受け継がれ、医療機器の開発における数々の受賞歴は、その信頼性と技術力の証左となっています。

30年以上にわたる血糖値センサ開発で培ったコア技術を応用し、2024年にはその技術を応用したライブセル代謝分析装置「LiCellMo™」を上市。The Analytical Scientist誌における「2024年イノベーションアワード」の受賞は、PHCの技術革新力の一つの象徴です。

この技術は、診断薬事業の血糖値センサの開発部門とバイオメディカ事業の開発部門の共同研究によって生まれた成果であり、1980年代に開発に着手した血糖値センサ技術を原点としています。1991年にはわずか50gの携行型血糖値測定器を市場に導入し、表面張力を利用した自動吸引機構により、微量の血液で高精度な測定を可能としました。これにより、自宅で血糖値を手軽に管理できる環境を実現し、QOL(Quality Of Life)の向上と経済的負担の軽減に貢献。アセンシアの前身であるバイエル社との協業により、製品の継続的な改良を進めてまいりました。

また、バイオメディカ事業が提供する超低温フリーザーなどの基盤製品は、代替が効かない検体や細胞を扱う研究現場において高い評価を得ています。さらに、世界125以上の国と地域を網羅する供給力も当社グループの強みです。超低温フリーザーはCOVID-19の流行期にはワクチン保存機器として採用され、製造が困難な状況下においても24時間体制の稼働を継続。グローバルサプライチェーンの強靭性を発揮し、世界各国・地域へ大量のワクチンを滞りなく共有しました。

加えて、医療のデジタル化においても当社グループは先駆的な役割を果たしてきました。ウィーメックスは、1972年に日本初のレセプトコンピュータを発売以来、精緻な診療報酬算定システム開発に長年携わり、国民皆保険制度の円滑な運用に寄与してまいりました。近年では、政府の医療DX推進においてオンライン資格確認や電子処方箋の全国展開を支えるなど、医療インフラ構築の中核的な役割を担っています。

4. 診断・ライフサイエンス領域でのリーダーシップを確立

当社グループは、「中期経営計画2027」で発表したとおり、診断・ライフサイエンス領域に注力してまいります。これは、我々が有する精緻な技術力に加え、世界的に進む高齢化、慢性疾患の増加といった社会的課題、そして同領域の高い市場成長を総合的に踏まえた戦略的な判断によるものです。

今後は、主にがん領域における再生医療分野に取り組んでまいります。特に細胞・遺伝子治療の市場規模は2.7兆円とされ、年率16%の成長が見込まれる有望分野です。当社はこの成長領域において、がんの診断及び治療に資する技術と製品を基盤とした革新的なソリューションを提供していきます。

具体的には、「診断の効率化、精度向上についての取り組み」と「治療・製造コストの改善」の2つの軸からなります。

  • 診断の効率化・精度向上:試薬開発技術を用い、個別化医療の促進につながるバイオマーカーや患者モニタリング用試薬を提供していきます。さらに、AI技術を活用したデジタル病理ソリューションにより、がん診断の早期化・精緻化・省力化を図ります。
  • 治療・製造コストの改善:センサ技術及び培養技術により、細胞の最適な培養条件の早期確立を可能にする次世代自動培養装置の提供や、細胞医薬品製造における細胞培養の効率化とコスト抑制に資する新たなソリューションの提供など、研究から量産までの工程支援を行っていきます。

また、当社グループは、細胞・遺伝子治療やがん診断におけるワークフローの効率化などに寄与する機器の技術開発に力を入れ、精緻な技術でヘルスケアの未来を切り拓くというビジョンの実現を目指しています。

2030年には、当社は診断・ライフサイエンス領域におけるグローバルリーダーとして確固たる地位を築き、「高品質な医療を、誰もが身近に享受できる未来の実現」に向けて、歩みを進めてまいります。

そのためにも、従業員一人ひとりが挑戦を恐れず行動する文化を育み、すべてのステークホルダーの皆さまの信頼と期待に応える企業価値の創出に取り組んでまいります。「社会をより豊かにするために、私たちにできることは何か」─この問いに真摯に向き合いながら、PHCグループは医療の進歩と人々の健康に継続的に貢献する企業体として、その使命を果たしてまいります。

5. ヘルスケア業界で「光る」日本発のグローバル企業へ

私たちは今後も、松下寿電子工業時代より受け継いできた精緻な技術力を原動力に、イノベーションを追求してまいります。細胞・遺伝子治療やがん診断など、今後もニーズが多様化・高度化する医療領域においては、グループ内シナジーを最大限に発揮し、新たな製品・サービスの開発を通じて社会課題の解決に貢献してまいります。医薬品開発のプロセスには、依然として多くの効率改善の余地があり、私たちは新規領域のみならず、自社の技術優位性が活きる基礎周辺分野にも注力します。また、強みを活かした製品・サービス展開により、市場におけるNo.1、No.2の地位を確立していきます。

その実現には、人財及び組織の強化が不可欠であり、ヘルスケア業界で「光る」日本発のグローバル企業として、世界にPHCグループの存在感を示していきたいと考えています。将来的には、当社の得意分野において圧倒的な成果を創出することで価値を提供し、「より的確・早期・簡便な」がん診断を実現するイノベーター、かつ、がんの先端治療法の早期普及を実現するアクセラレーターとして、医療研究・医療現場の進化を加速することを目指します。

また、事業のグローバル展開に伴い、地政学的リスクやインフレリスクなど、予測困難な外部環境に対する柔軟な対応力も求められます。当社グループはこのようなリスクに備え、盤石な製造・サプライチェーン体制の構築を進め、世界各地の多様なニーズに応じたソリューションを提供してまいります。

私たちは、精緻な技術を基盤に、医療従事者・研究者の皆さまと共創し、健康を願うすべての人々のために、ヘルスケアの未来を切り拓いていきます。ヘルスケア業界の最前線で「光る」存在として、グローバルに輝き続け、豊かな社会づくりに貢献していくPHCグループに、ぜひご期待ください。

出口 恭子