統合報告書 2025

Corporate Strategy特集 がん治療におけるCAR-T療法の可能性とは?
CCRM×PHCディスカッション

PHCグループは、2025年6月20日、がん治療におけるCAR-T療法の可能性や課題、今後の展望について、カナダの再生医療商業化センター(Centre for Commercialization of Regenerative Medicine、以下CCRM)President & CEOのマイケル・メイ氏と、当社執行役員によるオンライン座談会を開催しました。

マイケル・メイ×中村伸朗×高魚 力

1. CAR-T療法の現在:普及への課題と技術革新

中村伸朗
中村
細胞・遺伝子治療(CGT)は、がん治療をはじめ、これまで治療が困難であった疾患に対する新しい治療法として注目を集めており、CAR-T療法も急速に進展しています。まずメイさん、 CCRMの概要や、CGT及び再生医療分野での取り組みをお聞かせください。
マイケル・メイ
メイ
カナダの再生医療商業化センター(CCRM)は、再生医療の基礎研究を実用化するために、2011年にオンタリオ州でカナダ政府、民間企業、複数の大学からの出資を受けて設立しました。
再生医療の普及には、スケーラブルで適応性のある製造工程の確立が不可欠です。私たちは、新規事業の立ち上げを支援し、プロセス開発から臨床段階での製造、加えて私たちが設立した細胞・遺伝子治療の医薬品開発製造受託機関、OmniaBioによる商用生産に至るまでを幅広く担っています。さらに、製造効率の向上とコスト削減にも注力し、患者さんのアクセス向上に取り組んでいます。
中村伸朗
中村
再生医療の普及はグローバルで共通の課題ですね。
CGTを含む再生医療は、これまで困難だった疾患への治療の選択肢として注目され、iPS細胞を用いた治療や、CAR-T細胞療法(例: キムリア)の承認など、CGT分野における革新的な治療法が日本国内で実用化されています。今後は技術革新やコスト削減を通じた、細胞を用いた治療法の普及が期待されています。
マイケル・メイ
メイ
日本の再生医療、特にiPS細胞を用いた治療法研究が優れていると思います。また、日本の産業界が世界の医療製品の産業化において強い影響力を持つなど、日本は再生医療分野の最先端をいっているとみています。また、治療法の商業化を主導し、主要な役割を果たし続けているのは米国です。製品の有効性を最も明確に示す例として、がん治療、特にCAR-T療法の実績が挙げられます。米国では、CAR-T療法により、対象となる血液がんをほぼ治癒させる成果が得られ、これがCAR-T療法の有効性を証明する大きなきっかけとなりました。豊富な臨床データが、この分野の急速な成長を後押しし、こうした臨床データの実績が業界の発展を牽引する原動力となっています。
中村伸朗
中村
日本におけるCAR-T療法は、莫大な製造コストにより、治療費が高額であること、製造工程の最適化、治療へのアクセスなど多くの課題が残されていますが、どのようにお考えでしょうか?
マイケル・メイ
メイ
現在のところ、CAR-T療法は主に血液がんに焦点が当てられており、がんの大部分を占める固形がんに効果を発揮するためにはさらなる研究開発が必要です。また、血液がんでさえ、北米でこの治療を必要としている患者さんの中で、実際に治療を受けられているのは、ごく一部に過ぎません。理由の一つとして、米国でもやはり、治療費が非常に高額なこと。米国では保険適用される場合もありますが、それでも適切な普及には至っていません。患者さんの組織を採取して製造し、再び患者さんの体内に戻す治療法は非常に複雑であり、標準的な治療法として確立するためには専門施設が必要です。つまり、製造工程だけでなく、患者さんの治療過程全体を考慮した設備や施設、補償制度を整備する必要があります。
カナダでも公的医療制度を有しCAR-T療法が承認されていますが、米国と同様に普及率は依然として低い状況です。
将来的にすべてのがん治療にCAR-T療法が適用され多くの人々を治癒できるとしたら、世界の医療に大きな影響を与えることは間違いありませんが、治療法のスケーラビリティとコストの課題は根本的に解決する必要があります。
高魚 力
高魚
私たちの業界において「スケーラビリティ」は重要なキーワードですね。これらの課題を解決するために、製造分野においては、どのような技術革新が必要だとお考えになりますか。また、当社とのコラボレーションやパートナーシップがこれら課題の解決にどのように役立つと思いますか?
マイケル・メイ
メイ
自動化によるスケーラビリティを確保しても、大量の患者サンプルの並列処理や培地の最適化が必要です。特に、個々の細胞によって特性が異なる自家細胞(患者さん由来の細胞)を用いた治療では、製品特性を評価し、安全性・ポテンシー試験※1などの広範な分析を通じて、製品リリースに至る全工程の自動化と最適化が求められます。データ管理やAIの活用は、将来的に製造及び製品試験の最適化を実現する鍵となるでしょう。こうした先進的な製造には、試薬や労働コストの削減といった課題に取り組みながら、省スペースかつクリーンな環境での効率的な処理を行うことが求められます。CCRMは、特性評価装置やプロセス装置の統合を通じて、こうした課題解決とコスト削減に貢献することを目指しています。
  • ※1医薬品や治療製品の「有効性」や「効果」を測定・評価する試験で、特に、細胞治療や遺伝子治療の分野では、治療の目的に対して、製品が適切に機能するかを確認するために行われます。
製造をスケールアップするには、プロセス開発のノウハウ、高度な製造ハードウエア、さらには再生医療に関する生物学的な特性の理解を結びつけることが不可欠です。その点、PHCはハードウエアの設計・製造・物流に関するすべてを提供可能とみており、一方のCCRMは細胞タイプの生物学を理解し、活用できる専門知識を有し、デバイスや細胞が培養、増殖、精製に要する条件を改良する最適化研究も実施しています。そこで、両社が互いのワークフローやプロセスを連携して最適化を推進し、コスト削減も進めつつ、この補完的な関係を、産業レベルまで引き上げていくことがスケーラビリティ推進には不可欠です。
中村伸朗
中村
2025年2月、当社とCCRMは初代T細胞の拡大培養プロセス開発のための共同研究契約を締結しました。共同研究では、現在開発中の自動培養装置「LiCellGrow™(リセルグロー)」を用いて各種培養条件を分析し、初代T細胞の最適な培養プロセスの確立を目指します。両社の有する技術や専門知識を集結し、細胞医薬品の製造工程と細胞培養技術のさらなる進化を図ることで、CGTの早期普及に貢献できると考えています。
マイケル・メイ
メイ
そうですね、両社の技術的なコラボレーションにとても価値を感じています。標準的な自動培養装置に高度なバイオセンサ「In-Lineモニタリング技術」を搭載することは非常に重要です。患者さん自身の細胞を使用しますが、患者さんごとに細胞の特性が異なるため、一貫した品質の製品製造には精緻な調整が不可欠です。

2. In-Lineモニタリングが拓く、自動培養技術の可能性

高魚 力
高魚
自家CAR-T療法は、品質の安定性と再現性を担保することが難しいとされています。また、製造工程が複雑で、時間とコストの負担が大きいことも課題で、薬価の高騰につながっています。これらを解決するためには、リアルタイムで細胞の状態をモニタリングし、培養環境を最適化する技術が求められています。細胞培養プロセスの自動化も不可欠であり、当社では、モニタリングデータを基にした自動培養技術の製品化により、製造の標準化と効率化を目指しています。
当社の「In-Lineモニタリング技術」は、30年以上の血糖値センサ開発で培った技術を応用し、培養中の細胞の状態をリアルタイムで測定します。培養環境の最適化と高品質な細胞製品の製造が可能です。
マイケル・メイ
メイ
PHCのLiCellGrow™には、スケールアップ可能な設計や自動培養装置(In-Lineモニタリング技術)といった重要な機能が組み込まれており、その価値を高く評価しています。将来的により複雑な培養が求められる中で、自動培養装置内でのリアルタイムな分析は必要不可欠です。LiCellGrow™は、未来の自動培養装置がどのようなものになるかをまさに示しているといえます。
高魚 力
高魚
将来的には、「In-Lineモニタリング技術」にAIを組み合わせることで、製造工程全体の最適化が可能になると考えます。細胞増殖の予測精度がさらに向上し、製造の安定性と再現性が高まることを目指しています。

3. PHCとCCRMが共創するヘルスケアの未来

中村伸朗
中村
当社の中期経営計画2027でも発表しているように、「診断・ライフサイエンス領域への注力」を重点施策としており、がん領域に注力しています。CCRMとのパートナーシップは、中期経営計画2027の目標を達成する上で重要な役割を果たすものであり、医療の進展をともに推進し、より良い未来のための解決策を見つけていきます。
マイケル・メイ
メイ
PHCとのパートナーシップは、再生医療分野における技術革新を加速させるでしょう。両社の協力により、より多くの患者さんに安全で効果的な治療を届けることが可能になると確信しています。
高魚 力
高魚
PHCの精緻な技術はCAR-T療法をはじめとする高度ながん治療において、製造の信頼性と品質を支える上で重要な役割を果たします。今後は、さまざまな治療法にも応用可能な技術開発を進めていきます。そして、当社とCCRMの共同研究を通じて、CGT分野での有意義な進展をもたらし、がん治療などの社会課題の解決に貢献することを心から願っています。

CCRMについて

CCRM(Centre for Commercialization of Regenerative Medicine)は、カナダを本拠地とし、トロント大学に拠点を置くグローバルな官民連携組織です。カナダ政府、オンタリオ州政府をはじめ、主要な学術機関や産業界のパートナーから出資を受けています。CCRMは、再生医療及び関連技術の開発を支援し、特に細胞遺伝子治療に重点を置いています。研究者、大手企業、投資家、起業家で構成されるCCRMは、専門チームや専用資金、独自のインフラを通じて得た科学的発見を、新しい企業の設立や患者向け製品へと迅速に転換しています。2022年に、細胞遺伝子治療の医薬品開発製造受託機関(CDMO)であるOmniaBio Inc.を設立しました。

PCアイコン CCRMの詳細はこちらをご覧ください。https://www.ccrm.ca/
CCRM